チンパンジーのメスはお尻の赤みによって発情期を知らせ、オスを魅了し、引き寄せることで種の保存に努めているという話を聞いたことがある。
人間が進化する過程で四足歩行から二足歩行になり、衣服を纏うことで隠れてしまった、かつてそのお尻から発していた信号を別の箇所に移すことで、また別の方法で種の保存のための信号を発信しているそうだ。
それゆえお尻に似た形で乳房の大きさは発達し、唇に紅い色を塗ることで男性に向けてセクシャリティをアピールしているらしい。
唇が女性器を象徴していると言われているのもそれ故のことだろう。
女性性の象徴の片割れである口紅の赤は間違いなくコロナの蔓延によって、マスクをするという行為によって封じ込められた。
事実、化粧品の売り上げはガタ落ちで、中でも口紅の売り上げは最も下がったという話まである。
今回の作品で新品の口紅ではなく、実際に使っていたもので、今は使わなくなってしまった口紅(リップ)を募ったのも、「以前は使われていたのに、今使われなくなってしまった」という要素が今回の作品において最も重要だと思ったからだ。
コロナという目に見えないものから身を守るためにマスクをするということは仕方がない。
だけれども、それによって女性性の片方を塞がれてしまうということで、また人間という種にとってはジリジリと種の保存・種の存続を脅かされているようにも思う。
女性自身がまだ口紅を指して自由に街を闊歩できないのなら、せめて作品として今、社会的に、風潮的に封殺せざるを得なくなってしまった女性性の一部を表現したいと思った。
ボク自身、ここ数ヶ月でたくさんの人と新たに知り合い、中でもいろいろな形で闘っている女性のことを知り、今まで知らなかったことをたくさん知ることができた。
日々の生活の中で闘い、育児に奮闘し、仕事で男女関係なく渡り合い、束の間の休息のひと時を過ごした後、また各々の戦場に戻っていく。
正直な話、今まで自分が思っていたものとは比べ物にならないほどのハードな環境を闘い抜く彼女たちにはただただ尊敬という言葉しか思い浮かばなかった。
そしてこの尊敬の念を込めて、女性性をテーマに作品を作ろうと思った。それが今作の【紅】を作ろうと思った背景です。
彼女たちの話の断片を聞いていくと、何と無く口紅の形が弾丸のようにも見えてきた。
女性たちが社会の中で、各々の戦場の中で戦うための武器の弾丸。
刀剣であったり、銃火器であったり、作られた目的としては人を殺めるためのものでも、どこか狂気を孕んだ美しさがある。
ボクは「美しさを持った武器」としての口紅を作りたいと思った。
これは本当の話かどうかわからないけれど、口紅について調べていくと、悪魔が口や耳から入り込んでこないよう赤色のものを塗ったことが口紅の始まりになった という話を目にした。
コロナという新たな時代に生まれた悪魔と戦うための強く美しい武器としての口紅を作りたいと心から思った。
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